原因4 生体力学的制限
ジストニアを発症した音楽家は、指を独立して動かす能力や、前腕と肩を回転させる能力が衰える傾向がある。関節の運動制限だけでなく、腱と筋肉の結合によっても筋負荷が増加し、これを代償するため他の筋肉を利用する必要が生じる。
こうした変化により、障害が現れたり、運動の調整がうまくいかなくなるなどして、発症につながるのではないかという。
あるピアニストは、右手の長母指屈筋腱(親指)と人差し指の深指屈筋腱の異常な結合があって、人差し指の屈曲動作が難しくなった。この腱結合が神経障害を引き起こしていると考え、この結合を外科的に除去した。手術から4日後に演奏を試みると、運動障害に大きな改善が見られた。しかし数日経つと、指の状態は元に戻ってしまった。
①生体力学的制限は、音楽家がその制限から脱しようと奮闘すると、中枢神経系レベルでの不適応な変化を誘発する
②一度そうした変化が中枢神経系内に起こると、その制限を修正しただけでは脳の構造や機能は正常化しない。(しかし、再訓練の過程を円滑に行えると考えられる場合には、制限を外科的に処置することを考えるべきともいう)
原因3 習慣の変更
ジストニアの最初の症状は、肉体的にも精神的にもストレスのかかった時期に起こった、と述べる音楽家が多い。テラッサ芸術医学生理学研究所が、最初にジストニアを発症する直前に何かしらの変化を経験した音楽家の変化の内容別人数を調べた結果(複数回答)によると、
①演奏時間を突然増やした(63%)
②職業的なストレス(60.9%)
③個人的なストレス(42.4%)
④技術的変更(29.4%)
⑤曲目の変更(27.3%)
⑥家族の問題(20.6%)
⑦リハーサルの習慣の変更(20.2%)
⑧指導者の変更(17.6%)
⑨楽器の変更(6.7%)
などとなっている。
これまでと違う運動パターン(テクニックの変更や楽器の物理的特徴の違い)に適応しようとする努力が、神経組織の安定性を低下させるのではないか、という。
ジストニアの原因1 脳の可塑性
楽器の演奏には膨大な運動と感覚訓練が必要だ。通常幼少期から始められる訓練の結果、脳の再構成が行われ、未使用の神経結合が急速に活性化し、新しい神経結合が作り上げられる。こうした神経系の再構成と再適応の能力は、大脳の可塑性によるもので、それにより様々な神経同士の結合や、新しい神経結合を作り出すことが可能となる。
こうした変化により、ピアニストが指を複雑に動かすときに使う神経の数は、訓練をしていない人の同じ動作に比べ、数が少ないことが知られている。集中的に手の訓練をしている音楽家は、指に対応する大脳の感覚野が拡大し、小脳は5%大きく発達。両手の協調的動作と、異なった動作とを同時に行うことを可能にしている。
この変化は、卓越した演奏を行うためには不可欠なもの。ところが、再構成を可能にするほどの柔軟性をもつ神経系だからこそ、好ましくない変化を引き起こして病気につながる危険性もある。音楽家のジストニアは、このような不適切な変化の一例だという。
ジストニアの患指と代償指(メモ6)
ジストニアが見られる手には、「患指」と呼ばれるジストニアを呈する指と、たいてい一本以上の「代償指」と呼ばれる代償動作を行う指が見られる。
患指は脳からの歪んだ命令を受けている指で、最も強い緊張が見られ、手のひら側へ屈曲する傾向がある。代償指は、基本的には患指と反対に伸展するが、屈曲している指がすべて患指で、伸展している指がすべて代償指だとは言えない。
代償動作には、代償性伸展と、随伴性屈曲の2種類がある。
代償性伸展は総指伸筋によるもので、患指に隣接する複数の指の伸展する力を強くし、筋肉の選択制を喪失させる。
随伴性屈曲は浅指屈筋と深指屈筋の存在によって起きる。指一本の選択的屈曲は、筋収縮のレベルが弱いうちは支障ないが、筋収縮が強まると選択制が失われ、隣接する指を動かす筋繊維も収縮し始める。
傾向的に、代償性伸展は患指から親指側の指に起き、随伴性屈曲は患指から小指側の指に起きることが多い。