花だいこん


ことしも、我が家の庭に咲いた。
この可憐な花だいこんは、瀬戸の花瓶へのこんな活け方より、
透明なガラスのコップに
無造作に投げ込まれたほうが、
生き生きして見える。


むらさき花だいこん。
70数年前の日中戦争初期に、
中国・南京の街で起きた事件の直後、
街に入った陸軍衛生材料廠長で薬学者の山口誠太郎さんが、
南京郊外で見つけ、種を日本に持ち帰った。


その種を、都内の陸軍衛生材料廠の畑で育て、採取した種を土ダンゴに
混ぜ、電車の窓から沿線にポイと投げ続けた。
茨城県石岡市の自宅庭でも毎年花をつけた。


写真の花だいこんは、山口さんの自宅庭から採取した種で、
70数年前の、南京の街の風の匂いや、雲の移ろい、陽の陰りを
知っている。


ときどき、不思議な感覚にとらわれる。
花を摘む人と、摘まれる花と、どちらが本当ははかない存在なのか。
70年前に現役世代だった人は、もうこの世になく、
その時起きたことを、記憶に留めている人は、わずかだ。


しかし、70年前の記憶の痕跡をもつ花は、こうして毎年70年前と
同じ花を、今も咲かせている。